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ヤマシタトモコ「違国日記」喪失と再生、令和の傑作

おはようございます、あじさいです。

旅行したいなぁ…

コロナ前に戻りたいなぁ… と言っても詮無いこと。本やマンガやドラマなどの物語へ旅立つことで自分を慰めてます。

 

さて。

所謂児童文学と呼ばれているもので、「長靴下のピッピ」や「ハリーポッターシリーズ」「赤毛のアン」「あしながおじさん」など、多く共通しているなぁと思う事柄が、「親がいない」という事。

 

アーサーランサムの「ツバメ号とアマゾン号」シリーズは、親はいないわけではないけれど、父親は船に乗る仕事でそばにいない。

 

「親の不在」で始まる、そこから物語が動く。口うるさく、干渉する存在がないからこそできることがある。庇護してくれる存在がないからできないこともある。いないから生まれる感情がある。

 

 

私がこの間最新刊まで読み終えた「違国日記」も、親が不慮の事故で亡くなってしまうことから始まる。

https://www.shodensha.co.jp/ikokunikki/

中学生の「田汲朝」が、母の妹「高代槙生」との同居を描いたお話。

 

ダブル主人公といったかんじ。朝だけでなく、槙生の感情も丁寧に追う。

 

読んでいて苦しくなる。

 

セリフの一言一言が重い。

 

重いのに癒される。

 

そしてそのうち槙生の生き方が羨ましくなる。

 

と同時に、いやいや、私はもっと楽に生きたい、とも思う。

 

私が心を惹かれる物語は、主人公だけじゃなく、ひとりひとり登場人物の作り込みが細かい。いろんな考え方の人物が登場し、主人公と自分に距離があったとしても、他の誰かに自分を重ねることができる。

 

自分と他者。血の繋がり。喪失と再生。親と子。誰かを愛すること。ひとりでいたいこと。

 

毎日が行き詰っている感がひどく、明るい兆しが見えない日々に、ぜひ、このマンガを読んでみてください。少しだけ前を向ける気がします。

 

 

それでは。

あじさい