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「日本人は家事をやり過ぎじゃないか問題」というものを目にしました(再掲)

Clean

 

2年前の記事なのですが、最近、また食事や家事の負担の大きさ、そこから発生する義務感のようなものから自分も含めて離れられないのはどうしてなんだろう、と感じたのであげます。リラックス。リラックス。

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”普通”の概念から遠ざかる

hydrangea

 

おっさんずラブ最終話からもう1ヶ月以上… ロスって何??何だっけ??なくらいまだまだおはなしの中にどっぷりです。 

 

今日は、大事なツイ友のこの一連のツイートを読んで考えたことをつらつら書いていきます。

 

 

最後のツイ。

 

本当にその通りだと思っていて、ぼんやりとしていた部分をこうやって言語にしたものを読めると、すっきり感で嬉しくて小躍りしたくなります。きのちゃんありがとう…

 

牧が囚われていたのは世間の目。「普通」ということ。

 

いつも私が思っているのは、「普通」という言葉の持つネガティブな側面。それを使う瞬間に、何かを退け、そこに優位性や差別が生まれてしまうんじゃないかと。

 

 

kotobank.jp

 

 

でも、20年くらい前は”普通”に誰よりも囚われていました。

 

こどもの首が座る、寝返りを打つ、つかまり立ち、歩く。

 

これくらいの月数でできるのが普通っていうのに当てはまらなくて、すごくすごく辛くて、普通に当てはまらないのは自分のせいだと思い込んで泣いていた。世間というより、自分が作り上げた”普通”の範疇に入らないことに耐えられなくて苦しくて…

 

私の中の”普通”という概念を壊してくれたのは彼女だったかもしれない。歩き始めたのも喋り始めたのも”普通”より遅くて、逆上がりも馬跳びもできず一輪車も乗れない。学校のテストで点数が取れない。”普通”できることができずに本人が一番辛かったろうと今更ながらに思うけれど、今自分で得た場所で生き生きとしている。好きな事があってなりたい未来に向かって着実に歩いている。

 

義務教育の中での生きづらさをそばで見てきたからこそ、今の彼女の笑顔を見ると嬉しくてたまらない。言葉が少なかった子が様々なことを話してくれるのは悦び以外のなにものでもなく。

 

春田が牧を救ったように、彼女の笑顔は私を救うのだ。普通に囚われていた私を。私になかった感覚を感情を新たに生まれさせてくれたことにとても感謝しています。

 

親から教師から学校から親戚から友達から何気なく受け取っている”普通”でありなさいと言うメッセージ、それが悪意のあるものではなく善意からきているものであっても、ジェンダーやものの好き好き、考え方、こうありたいなりたいと思うこと、全てに”普通”と言うフィルターにかけないと前に進めない姿勢からそっと遠ざかる。

 

”普通”を自分の言動や行動の拠り所としない。”普通”で他のひとを縛らない。

 

知らず知らずのうちに口にしている言葉や認知についても少なからず誰かを傷つけてるかもしれないことを忘れず…

 

 

 

 

春田と牧についてもまた書きたいなと思ってます。

 

 

それでは良い週末を。

 

 

 

hydrangea.hatenablog.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

牧春への思いが止まらん

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ここのところ、OL(おっさんずラブ)への熱がとめどなく、毎日の生活にも支障きたしてます…

 

とうとう今週土曜が最終回。先週の最後が予想のナナメ上、いやナナメどころかその上を行く展開で絶叫、慟哭、どんなエンドになるか心拍数上がってどうしようもない状態なんですが、最終回を前にちょっと書いておきたいので書きますね。

 

 

公式がどんな最終回を持って来ても、さぁ来い!!って待ってます。もちろん牧と春田がお互い居なくてはいけない、離れられないパートナーなんだって確認して楽しく暮らしていってくれるのが見たいです。牧の笑顔が。春田の笑顔が。それぞれの目にそれぞれが映っていて、他のキャラも幸せ結末で。(部長はどうなるの、武川さんはっていうのはちょっと置いといて)

 

結末がどんなものになるにしても、そこに至るまでの二人の行動や周りの助言、どういう心情の変化があるのかないのか、何を決断するのかしないのか、とにかく最終回の40分が楽しみでならないです。

 

 

そもそも、牧がなんで春田のことを好きじゃないって言って離れて行ったのか、神の目を持てる視聴者はわかるじゃないですか。春田がいない時に春田母がやってきて、結婚だの孫だの言われ、春田母のスカーフ持ってたまたま春田ちずのハグを見ちゃった。

 

牧って突然タメ口になったり、先輩の春田にも言いたいことグイグイ言ってるのがベースなんだけれど、本社でやり手の若手のくせに心の中はすごい不安でしょうがない。

 

部長にははっきり「春田さんから手を引いてください」ってオッサン呼ばわりしながら掴みかかってケンカできるのに、春田の向こうにちずが見えたらもうダメ。ちずから電話かかってきただけで不安げなチワワになっちゃう。

 

2話最後で春田は去っていこうとする牧に「友達に戻りたい」って言ってたのに、6話では、「ほんとに俺でいいんですか」って恐る恐る聞く牧に「いいよ、それは」ってはっきり言ってるんです。この差!!!春田の牧への気持ちの変化はわかりすぎるくらいわかる。

 

家に連れて行く。親に会ってもらう。もっと家族と仲良くなりたいって言ってもらった。それなのにそれなのに。

 

ちずが出てくると途端に雨に濡れたチワワ。

 

ちずから告白していいかって聞かれた時もほんとは嫌なくせに。わんだほうに呼ばれ

た時だってほんとは行って欲しくなんかなかったくせに。

 

4話で、「はっきり言わないことは優しさでも何でもないですよ」って、部長にはっきり気持ちを伝えてない春田にお説教してたのに。5話で誰かに見られたらどうしようってビクビクしてる春田に自分は恥ずかしい存在なのかって詰め寄れたのに。

 

牧の中にあるのはなんだろう。

 

コンプレックスなのか自分に自信を持てないからか。

 

相手が男なら絶対負けない。女になると、牧の中に燻るもやもやが出てきてそれ以上進めない。

 

でも、それが牧の魅力の一部でもあって、牧の弱さとかズルさとか全部ひっくるめて牧だから。

 

これから家事も手伝うし、牧のお父さんにも好かれるように頑張るからって健気に言う春田を信じられないわけじゃない。でもこれからだって何かの拍子で傷いてしまうかもしれない、春田がいつまでも一緒にいてくれるかわからない。自己防衛だってあるだろう。春田が自分といることが幸せなのかの根本的な疑問がずっと頭から離れない。

 

一緒にいて苦しい思いをするならいっそ手放してしまおうっていう牧が愛しい。

 

そう言うコンプレックスのようなもの、誰にだってある。若いときは私もそんなもの乗り越えて打ち勝ってやる〜って思ってたけど、そう言う思いを飲み込んで内に抱えたまま、生きていったっていいじゃない。とにかく牧の幸せが見たい。

 

愛ってなんだろうって考えたとき、自分の幸せと相手の幸せとを両天秤にかけるんじゃなく、自分も相手も一緒に幸せになりたい、なろうって心から思えるようになるといいなぁって思う。

 

欠点も含めて、ジェンダーも含めて、そのひとのことを心から大切に尊重したいと思える、そんな人に出会えたその事自体が奇跡だしそんな奇跡を大事にして欲しいなって最終回前にそんなことばかり考えてやるべきことが進まない私でした。

 

 

それでは!最終回後にまた会いましょう〜!!!

 

グッドラック!

 

 

hydrangea.hatenablog.jp

 

おっさんずラブの牧凌太のフラットさに惹かれる

hydrangea


久し振りに書きます。

 

実は安く買ったパソコンが一年ちょいで動かなくなって、古いiPadは動きが遅くて長い文章を書く気にならずっていうのが遠ざかっていた一つの理由で、去年直虎が終わってしまって切実に心から書きたい、何かを残しておきたいと思うドラマに出会えなかったっていうのが大きな理由でした。

 

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