MENU

「スパイの妻」<ネタバレ感想>「悔しくて、そして震えた」

いよいよ封切り。ベネチア映画祭で銀獅子賞を獲ったこともあったからか、かなり観客が多かったです。

 

https://wos.bitters.co.jp/

 

1940年、神戸で貿易会社を営む優作は、赴いた満州で、恐ろしい国家機密を偶然知り、正義のため、事の顛末を世に知らしめようとする。満州から連れ帰った謎の女、油紙に包まれたノート、金庫に隠されたフィルム…聡子の知らぬところで別の顔を持ち始めた夫、優作。それでも、優作への愛が聡子を突き動かしていく———。

 

いつもと同じで、HPのこの文章も読まなかったし、極力情報を入れずに観てきました。やっぱり何も知らずに観るっていいですよ… ほんとおすすめ。

 

正直に言うと

映画の歴史というか、名作をちゃんと観てきたわけでもない自分がこの映画を観て。

 

若い時からこつこついろんな映画を観てきたかった… 

 

自分が余りにも映画のことを知らないということに打ちのめされました。黒沢清という監督の作品すら観たことがなかった。比較をしたくても、するような映画の土壌が自分の中にない…

 

監督のここまでのこだわりが、などのスパイの妻関連の記事タイトルを見て地団太踏んでます。

 

あまりにも作品が壮大で、セットにしても衣装にしても細部に作り込まれていて、カメラワークもそうだし、長回し?もあったみたいだけれど全然気づけなかったし、この作品を語るにはあまりにも映画を自分が知らなさ過ぎることがショックで悔しくて…

 

配役のすばらしさ

それでも思ったことを書いて記しておきます。

 

聡子(蒼井優)、優作(高橋一生)、泰治(東出昌大)、それぞれの役がこの俳優以外にはあり得ない!!と感じました。当て書きなのかそうでないのか、はもちろんわからないけれど…

 

戦前という時代、その時代感を表すにあたって、この3人の素晴らしいことと言ったら。そこに衣装やセットなどの作り込みがあることはもちろんとして、昭和だった…

 

ひとつは、聡子が上流階級の人間が話していたような言葉遣いをしていたこと。太宰治の「斜陽」に出てくる人たちのような大仰な話し方。これがとっても彼女の中に入りこんでいて、発声も含めてかなりぐっと来ました。

 

それから泰治と聡子の関係性。幼馴染?なのかなというほんとうにちょっとした情報しかこちらに与えてくれないのに、彼を家に招いてウイスキーを勧めるシーンが甘美で危うくて妖しくて、あそこが好き過ぎました。

 

泰治の造形も良かった… 背の高さが目を惹きつけるし、役者さん自身の持つ訥々とした平坦なものの言い方もズバッとはまっていたし。聡子への感情と、憲兵隊の隊長としての残虐性とを見るにつけ、ぞくぞくしましたね…

 

そして優作。この役は高橋一生以外誰ができるだろう…?????

 

夫婦の関係性がいまいち掴めない感じ。泰治と聡子の関係について嫉妬のようなものを垣間見せるんだけれど、本当は何を考えて感じているのか、最後までわからない、最後になってもわからない、そういう役を彼にやらせたら、そりゃ成功する以外の結果はあり得ないのではないか?

 

私が3年前に「カルテット」と「おんな城主直虎」を観てから彼のファンになったということを除外したとしても、これははっきり言える。優作は必然的に高橋でなくてはならなかった。

 

この間、NHKのお昼番組に生放送での話。

黒沢清監督(65)から「カメラが回ってない時、高橋さんがどこにいるかわからない。一切気配というか、存在感を消してらっしゃっる。特に打ち上げの席とか普段着なので、全然わからなかった。『高橋さん来ないんだ!どうしたんだろう』って思ってたらとっくに来てたってことがある」というエピソードが明かされた。 高橋は「非常にその通り」と納得。「(普段着は)シンプルなもの。お芝居の時のイメージをもってくださっているのはありがたいんですけどね」と苦笑しつつ、「消えていたいと思います、普段は。誰からも見られたくないって思ってます」と人気者ならではの思いをぶっちゃけた。 https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2020/10/08/kiji/20201008s00041000198000c.html

 

この、(存在を)消していたいという感情。「俳優」という、人に見られ、存在を表に出す事が必須の仕事を選んでいる彼の二律背反のような思いが、この優作を演じる上でのスパイスになっているように感じてならない。

 

優作というひとは、まったく掴めない人である。妻への果てしない愛情がある(はず)。満州から連れ帰った女性へ特別な感情はない(はず)。妻を裏切ったのは本意からではなく、彼女への愛情からだった(はず)。

 

観終わって、優作がわからなさ過ぎて途方に暮れました。あの、聡子の心の底から吐き出した「ひとこと」を、私も心の中で叫び、心から震えました。観た方は共感してくださるかと思います…

 

それからもう一つ。蒼井優という女優さんについて。いくつか映画を観てきたけれど、「彼女がその名を知らない知らない鳥たち」を観たときの衝撃がすごくて、得体の知れないっていう言葉がこれほど合う女優さんがいるだろうか??って思ったこと、今回更にその思いを強くしたことを付け加えます。

滲み出てくる質感

黒沢清監督が、この映画の精巧な1940年代街並みについて「NHKいだてんセットを流用させてもらったという事を話されていたようです。

 

NHK制作の強みですね。時代の違う映画を作る場合、納得感を出すにはやはりセットが精巧じゃないと。

 

建物しかり、着ているものも、その時代の空気も、質感というのがとても大切だと思うのだけれど、この映画ではその質感が滲み出てきてます。

 

洋服がすべてゴージャスでした。彼らが会社を経営している上流階級だというのがその着ている服の生地だけでわかる、感じ。それを見ているだけで映画っていいな、と。

信念を通すひと

優作も聡子も泰治も、優作の甥の文雄(坂東龍汰)も、みな自分の気持ちに正直で、その信念を通す。戦前という難しい時代に生きたひとびとが、どれだけ自分の信念を貫けたかを見るにつけ、これは、現代を生きる我々に突きつけられたテーマなんだと思うのです。

 

危険を省みず行動しようとする聡子の激情を私たちは持ち得るか。

 

拷問されても口を割らなかった文雄のように生きれるか。

 

歴史修正主義者が初めからないものとしている風潮もある現在、私たちは歴史をきちんと勉強し得ているだろうか。

 

映画館という場

コロナ禍にあって、自粛期間が続き、不要不急なものは我慢すべし、と息苦しかった時間の長かったこと…

 

その間に、自分にとって本当に大事なことを再確認した方も多かったのかもしれないと思います。

 

映画館で観る映画がどれほどの意味を持つのか、は人それぞれであることは自明として、この映画を観て、映画館で観ることができるしあわせを、身体のすみずみから湧き上がる喜びを、しみじみ感じてやみません。

 

多くの方々が鑑賞されることを願って…

 

https://yutaka-sukkiri.com/2017/09/29/naotora-masatsugu/

高橋一生の代表作と言ってもいい大河ドラマについて。

*************

お越し頂きありがとうございました。

あじさい