直虎の内面揺さぶる男登場 ~21回 おんな城主直虎~
6時からの放送は録画してるのですが、なんだかやはり8時放送時をリアタイするのが楽しい、です。
あらすじ
井伊領内で生産した綿布の商い先として、浜名湖に面した港町・気賀(きが)を選んだ直虎(柴咲コウ)と方久(ムロツヨシ)。気賀の商人・中村与太夫(本田博太郎)との商談を終え市場に立ち寄った直虎は、店先に並ぶ異国の珍品に目を見張るが、その隙に銭入れを盗まれてしまう。その犯人を町外れまで追いつめる直虎だったが、逆に捕らわれの身となってしまう。地下ろうに閉じ込められた直虎のもとに現れたのは盗賊団のかしら(柳楽優弥)とその一味だった。直虎が行方不明になったことで騒然となる井伊谷に、気賀の盗賊団から身代金を要求する書状が届く。一計を案じた井伊家の家臣たちに助け出された直虎だが、「領主は泥棒」という盗賊団のかしらの言葉が頭から離れない。そんななか、方久が材木の商いを直虎に提案。直虎は盗賊団のかしらを呼び出し「奪い合わずとも生きられる世を作り出せばよい」と話す。そして、かつて材木を盗んだ鮮やかな手口を生かして木の切り出しを請け負わないかと持ちかける。かしらは酔狂な申し出に驚くが、「つまりは己のため」と言いきった直虎の清々しさに打たれ、手を組むことを決める。
第21回「ぬしの名は」|あらすじ|NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』
こないだ、脚本家の森下氏のインタビュー読んだんですが、最初の4話分の主人公と幼馴染の話、子供時代としては大河の中では結構長いんですよね。でも、批判もあると分かりながら、その話数が必ず必要だった、と。
先週の直親の笛の音もそうだったんですが、子供時代に描かれたことを、後になってああああ!!!となってます。今回は蕪の話でした。直虎がお寺に修行に入ってすぐ、空腹から蕪を盗んで食べたという話。
直虎と政次、直親との関係をここまで視聴者に魅せるのは、あの子供時代があったからこそ!!1話から4話の録画を消してしまったのを猛烈に後悔中…
今週の雑感
さて、井伊谷の周りに数多いる大国の動きが見ていてとっても気になるのですが、ひたすら直虎に影響を与える人物とその周辺、直虎自身の内面の変化をこれでもかというくらい描写してくる21回。
大国が押し寄せて(?)くる前に直虎が領主として得なければいけないもの、大事なものを積み上げている感じ。いや、それでも武田とか武田とかすごくてぼろぼろになっちゃうんだろうけれど…
それが今回は自分の卑近にあった、当たり前の世界の外に、考えにも至らなかった人たちやその人たちの思いや考え方が実際にあると認識し、それに触れることで、直虎の中にあったある意味常識のフィルターに風穴を開けた感じ。
19回「罪と罰」の回での木材泥棒で捕まった龍雲丸との再会だったわけですが、19回で龍雲丸は、傑山から詳しく聞いた直虎の生き方に疑問を呈していました。
家なんざそこまでして守るもんなんでしょうかね。
そして今回、直虎に真っ向から武家に対する恨みをぶつけてきました。
やたら喧嘩が強えか調子のいいやつがこっからここまで俺らの士地なって、勝手にぶんどったってだけじゃねえか。どこもかしこも、みんなそんな調子で、武家なんてやつらは泥棒も泥棒、何代も続いた由緒正しい大泥棒じゃねぇか
直虎はそんな考え方聞いたことも思ったこともなし。
おぬし、どこかいかれておるのではないのか。
そんなこと、疑問にすら持たなかった直虎にとっては泥棒などと呼ばれるのは青天の霹靂。
それでも、この龍雲丸から言われたことが頭から離れず… 自分の生き方に疑義を呈すものが目の前に現れ、それにきちんと向かい合おうとする直虎。そして出した結論が… この台詞に表れています。
自分が幼少時に蕪を盗んだことを告白し、
ひとは卑しい。それは生きる力の裏返しでもあろう。 なれど卑しくあらねば生きていけぬというのは幸いなことでは決してない。ならば、せねばならぬ事は、卑しさを剥き出しにせずとも済むような世にすることではないのか。 奪い合ってしか生きられぬ世に一矢報いたいと言うのならば、奪い合わずとも生きられる世を作りだせば良いではないか。 武家は泥棒かもしれぬと思った。じゃが、我はそれを認めるのはごめんじゃ。ならば泥棒と言われぬ行いをするしかないではないか。詰まるところは己のためじゃ。
龍雲丸に言われた、「武家は泥棒」という考えに、そうかもしれぬ、と言った上で、自分はそれを認めるのはいやで、そうではないことを証明するような行いをしていくしかない、と言い切る。
そして、賊の龍雲丸に対し、仕事の依頼をするというびっくりな申し出をしちゃうんです。自分の存在意義を真っ向から否定してきた男に対し、言葉の上だけの上っ面なやり取りでは済まさず、懐にぐいと入り込んで、商取引というWIN-WINの関係を提案。
闇に住んでいる賊の龍雲丸を助けたいだとか、ちゃんとしたまともな仕事を見つけろとか、そういう事を言うのではなく、自分もひもじくて盗みをしたただの卑しい人間であると開示し、同じひととして、自らの信念を、心からの言葉を、思いっきり彼に投げかけたからこそ、冗談にして逃げようとした龍雲丸を引き止め、商取引にものるという結論を導き出せたんでしょうね。
もともと持っている直虎の感性、人間性、ひとのために生きるという生き方、政次も舌を巻く「できるかもしれぬと思っているのがあのおなごの恐いところ」を存分に発揮して、人に訴えかけてくる。
その、元からの人心掌握能力や家臣や民に好かれる資質、持ち前の精神力の強さ、負けん気。そこに、自分の知らなかったことを教えてくれて、頭をがつんとやられながらも、それをプラスに転じていく直虎の聡明さ、タフさをより鮮明に表した回でした。
何より、そなたのためにやっているのではなく、己のためにやっている、という考え方、それをちゃんと説明するところが直虎、変わってないなぁ…と。
以前、政次が中野殿(でんでん)に切りつけられて反対に殺してしまった後、寺にいた次郎(直虎)のところへ助けを求めにきたことがありました。その時に、次郎(直虎)が自分がなんとかする、と政次に伝えると、
政次「次郎さまになんとかしてもらう義理はない」 次郎「なんとかしたいのじゃ。これは龍宮小僧の務めじゃ」
そなたのためじゃなく、自分がしたいからする、というこのシーン。ひとつひとつのシーンが長い時間をかけて、ああ…と納得したりする。こういったロングパスな話の作り上げ方、大好物です。
最後に
領主としての内面の成長を見ることができて、龍雲丸、グッジョブ。そして次は…人間としてまだ目覚めていない部分、ときめきやドキドキなんかも、この龍雲丸が教えちゃうのかなぁ… あああ、政次寝れないだろうなぁ… 予告のバックハグ?あすなろ抱き?あれ見てたらまた不憫さが…
ということで、政虎に関してはまた次の回にします♪
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お越し頂きありがとうございました。
あじさい