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過去が時にはいまを助ける

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実は今年、結婚26年になるんですよ。突然ですが。

 

子どもの頃に銀婚式と金婚式という言葉を知ったとき、そんな式をするくらいにはもうおじいさんおばあさんになってるんだろうなって思ってました。それが。去年銀婚式だったなんて…

 

夫との関係

嬉しさというより驚きが先に来ちゃいますね。そんなに長く結婚生活を送ってきたという実感がないんですが、ここまでなんとかやってこれたのは、ある思い出があるからかなぁなんて。  

 

今までどれだけ夫と衝突したかわからないんですよ。未だにムッとしたり、怒ったりもしょっちゅうです。口を聞かなかったりするのは日常茶飯事で、物を投げて怒りを表したこともあります。  

 

子どもがいなければ、もしかしたらもう結婚解消しててもおかしくないくらいなことも何度もありました。 それでも、なんとか踏ん張ってこれたのは、娘たちが小さい時に(うちは年子なので、まるで双子みたいな感じ)必ず土日になると夫が娘ふたりを連れて遊びに行ったり、家で面倒をみたり、私が自由になる時間を得られた記憶があるからかもしれません。  

 

自由になると、すぐ近くの珈琲の美味しいお店に出かけたり、スタバに行ったり、とにかくひとりで珈琲を飲んでいました。本を読んだりぼおっとしたり、英語を勉強したり。数時間のその時間は私にとって宝物でした。

 

そうそう、TOEICを日曜日に受けに行って、それまでの最高点取れたこともありました。

 

可愛くても

子供は文句なく可愛いです。それでも一日中目の離せない時間が続くと、テンパってきます。思い通りにならない事でキリキリしてきます。

 

子供はそういうものだとわかっていながら余裕がなくなってきます。笑顔が消えてきます。だからやっぱりひとりで過ごす時間がとっても必要なんです。

 

 

日本の働き方

日本は、働き具合が偏っています。早朝から晩まで、家族で一緒にご飯を食べるなんてことができるわけないくらい働きます。海外で暮らしていた時、日本人家族だけなんですよ、夫たちが家に帰るのがとてつもなく遅いのは。

 

だいたい日本の家族以外は一緒に夕飯を食べてました。18時とか19時ですよ。カルチャーショックでしたね… それが一般的だとは思いもしない自分の考えにショックを受けました。

 

お父さんが家に帰ってこない。だからしょうがなくワンオペにならざるを得ない。そこに生まれるひずみでどれほど私たちが疲弊しているか。というのはまた別の話なのですが…

 

他人だからこそ

子供が小さい時、日常から離れる事が私には必要で、息をフーッと吐き出すと同時に疲れが抜けていく気がしました。  

 

夫は私の閉塞具合を理解していて、それをなんとかしてくれようとしていました。どれだけいま喧嘩をしても、その時の記憶があるから許せるという側面があります。

 

他人が一緒にいるには、とにかく忍耐、の一語に尽きると思うと同時に、良かった、楽しかった記憶も大事にできたらいいですよね。

 

それは単に夫婦間だけじゃなく、様々な人間関係にも言えます。でももちろん過度の我慢は精神的に良くないので、時々爆発させるのもよし。無理せずガス抜きもしながら、やっていくのもよし。

 

血が繋がっていたって、ジブン以外は他人。うまくいったらラッキー位にハードル下げて、過剰な期待をせずに淡々と。    

 

 

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お越し下さりありがとうございました。

 

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