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ひとは自尊心で生きている…のかもしれない

Tree

 

2回目の母の目の手術が終わり戻ってきました。

 

 二回め

左目の手術が月曜日にありました。土曜日に妹と、実家の割と近くに住んでいる上の娘がやってきました。みんなでわいわい夕飯を食べました。食の細くなっている母も思ったよりも食べていて良かった…

 

今回は、入院手続きをしながら、2泊とも外泊ということで了承してもらい、家で過ごしました。手術も無事終わり、経過も良好ということでこれから1ヶ月くらいで視力が固定してくるだろうとのことでした。

 

ここのところ一緒に過ごすことが多く、ずっと母を見ていると、時々、どこを見てるのか分からない時があったりもします。ぼぅっとしている時としっかりしている時の波があります。そしていまいち話が繋がらない時もあります。

 

それでも、どうやっても頑なにこだわっていることがあり。ある意味しっかりしているのですが、彼女は誰かに頼みごとをしたり甘えたりするのができず、ストレスで苦になってしまうってことなんです。

 

みんなに迷惑かけて申し訳ない気持ちが全てで、そんな気持ちばかり募って毎日が辛くてしょうがないのかもしれない、と思い至りました。

 

これまでの人生

母にはすぐ下に脳性まひで身体障害を持つ弟がいます。親からいつも世話を頼まれ、小さいときに外で遊んでいたときにいじめられ石を投げられた事もあると言っていました。ずっと面倒をみてきました。

 

弟(私の叔父)は遠くに住んでいるのですが、親が亡くなってしまった後も、年に数回会いに行き、施設から家に連れ帰って数日一緒に過ごしたりを何年も続けてきました。

 

また、母は50代から60代にかけて、ヘルパーの仕事をしていました。ご飯作りやお掃除です。

 

私、妹のふたりを育て、私がこどもを二人産んだ時も、実家で1カ月ずっと面倒をみてくれました。

 

基本的に、いつも誰かの世話をしてきたんですよね。自分のことはいつも二の次で、誰かの為に生きてきた。

 

それが、誰かの世話どころか、自分の身の回りのことすら覚束なくなってきた。身体が思うように動かず、誰かの助けがないと生きられなくなってきた。

 

それはとてもとてもつらいことだと思います。

 

自分の存在意義の危機のように思っているのかなと見ていて思います。

 

 

自尊心を無くしたら死ぬ

これまで病気になってからも薬が効いてなんとか両親二人で暮らしてきました。この手術をきっかけにして、病気が悪化していく過程をまざまざと見させられ、この先身体が動かなくなり認知も進んでいった先に待ち受けることを想像して絶句しました。

 

食べることや排泄を含めた身の回りのことができることは最低限の自尊心を保ち続けるために必要なことだと目の当たりにしました

 

これをいかにして維持し続けていったらいいのか。

 

変化がきらい 

身体が動かなくなっているから、危ないから、だから家に手すりを付けよう、使いやすくしよう、と提案しているのですが。ダメなんですよね。

 

両親二人とも、そういう方向へは行かない。老いを認めたくないという気持ちと、新しいものへの抵抗感、かな…

 

ここまできて、認めたくないも何もないと思うんですが、そう簡単に割り切れるものでもないのかもなぁというのも近くにいるとわかります。

 

自尊心。子供には迷惑をかけたくない、世話になりたくない、というギリギリ。私がぱぱっとご飯を作ったり台所を綺麗にすると、母の中にありがたいという気持ちと同時に悔しさが滲み出てくるんですよね。

 

そう言う矜持のようなものを見つつ、できないことが増えていく母の生きていく上での苦しみをそばで感じるのは言葉ではなかなか言い表せないものがあります。

 

どうしたら心を守りながらできるだけこの生活を維持できるか。

 

この先に待ち受ける未来がどうか優しいものでありますように。できるだけ皆が笑顔でいられますように。絶望だけでなく毎日の楽しみを見つけていけますように。 

 

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お越し下さりありがとうございました。

 

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