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言葉は自分を縛る ~Holic と ふれなばおちん~

[caption id="attachment_2270" align="alignnone" width="640"] wilhei / Pixabay[/caption]

(今日は、過去の記事に加筆してます)

読み返しているマンガがありまして、xxxHolic というものなんですが、随分前ですが、杏と染谷将太で実写化されたこともあるし、アニメ化もされてます。

 

ジャンルとしてはオカルトファンタジーになるのかな。

 

 

その中に出てくる人たちのなかで、とっても印象的だった人がいます。

 

その人は、自分の放つ言葉、そして周りから発せられる言葉に囚われてしまって、いつもいつもネガティブなもの言いしかできない。

 

周りも彼女のできなさ加減が当たり前で、更にネガティブな言葉を畳みかけてしまい、結果もその通りになっていく。

 

そんな時、主人公に対して、師匠のような女性、侑子がこんなことを言います。

 

そう、怖いわよ「コトバ」は 1度口から出てしまったものは返せない なかった事にはならない それがどれ程ヒトを縛るか分からず ヒトはその鎖を使い続けている 「コトバ」は生きているの そして時にはヒトの生き筋さえ縛る xxx Holic 4巻より

 

主人公が出会ったそのネガティブ発言しかしない女性は、道端でコンタクトを落としてしまい、一緒に探そうとした主人公に対して、  

「見付からないと思います」と言い放ちます。  

そして案の定コンタクトは見付からず。

 

侑子は、彼女が自ら言葉で「縛った」からだと。

 

人間は言葉という鎖を使って、自分を縛りつけるのか?「わたしはかわいくないし、モテないし、愛されないし、、、」と毎日言っていたら、そうなっていってしまうのかもしれません。

 

「お金がないない」と言っていたら、結局お金のない生活を送る羽目になっている、、、とか。

 

ここのところよく登場しているドラマなんですが、ここでもね、最後の最後に、登場人物を言葉が縛りつけてしまったんじゃないかっていうことを思ったんです。

 

佐伯龍という独身の役者志望の派遣社員が、社宅に引っ越して近所のお世話になった主婦に恋をしてしまう。その主婦も彼に惹かれていく、という、まあ文章にしちゃうとそこらへんに転がっている、なんてことはない不倫話みたいにきこえちゃうんですが、これが違うんですよ。

 

短い間のふたりの交流というかふれ合いというか、そういうのが表情豊かに、場面場面がとても丁寧に作られていて、バックの音楽とあいまって、この世界にハマリ込んでしまう、という。

 

でもね。家族が唯一の宝物で大事にしたいと思う彼女は、その宝物を壊してまで彼についていく気持ちはなく。家族を大事にするところに惹かれている彼も、自ら身をひくんです。

 

でも、彼の思いは、彼女以上だった。ドラマの台詞にのせて、彼女に最終話で告白するんです。

 

あなたのいない人生なんて、、、要らない

 

これがね、、、、ラストでぼかされてはいるものの、ホントになってしまう、という解釈しかできないところでいきなり終わってしまうんです。言葉が彼の生き筋を縛ってしまったのか、、、

 

喪失感。そこからの絶望。

 

彼女のためを思って身をひいたものの、自分が発してしまった言葉、それがそのままブーメランのように戻ってきてしまったかのような最後。

 

言葉って、言霊というけれど、やはり怖い。

   

私自分もおんなじことをしているんだなあって、思うことがあります。始める前からうまくいかない、と決めつけたり、悪い方悪い方へと考えていったり。母がとにかくネガティブ思考なのも関係あるのかな。

 

使う言葉は、明るく、前向きに、元気に、自分を縛らず、あったかく、を目指そうかなと思います。

 

でもね、このドラマの中の彼は、そういう言葉を使うしかないくらい、彼女のことが大事で得難くかけがえのない存在になっていた、、、、と。それくらい誰かのことを思えるなんてすごいな、とも思ったり。ドラマやマンガ、映画や本から得られる感情や思考、ぐるぐるする思いに浸るって楽しいですね。

   

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お越し下さりありがとうございました。

 

ひとを縛らず、自分も縛らず。でも言葉はどこまでも自由で。  
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