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アラフォーで反抗期にならないために

私のこと 考える

[caption id="attachment_1239" align="alignnone" width="640"] Greyerbaby / Pixabay[/caption]

   

タイトル見て、あれ?これゆたかにすっきり暮らすブログだった??と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、ちょっと自分のことなどを交えつつ。

 

私はアラフォーで反抗期になりました。笑 まじめなはなしです。

 

かっこわる。

 

どうしてそうなったか。(あくまでも私個人の考え。親からみたらまた違う側面があるでしょう)

   

条件つきで愛されてる

親が買ってくれるものは、親の好きなものでした。洋服もランドセルも。

 

前にも書いたんですが、私のランドセル、真っ黒に近い濃紺だったんです。父が買ったんですが、いやだ、いやだ、と叫ばなかった。叫んだら愛してくれない気がして。

 

そのランドセルのお陰で転校先でいじめられました。今となってはネタになっていいんですが、そのとき、私は赤が良かったのに黙っていたのか、親が決めたことに諦めていたのか、そこらへんはよく覚えていません。

 

洋服についても、よく覚えているのが、雪国に引っ越しになって、スキー用のジャケットのようなものを買わなければいけなくなりました。父が選んだのは黄土色。私は赤やピンクが良かった。でも、同時にかわいらしい別のコートがあって、その黄土色のジャケットを買うのならば、そのかわいいコートも買ってくれる、ということになりしょうがなくその黄土色のジャケットを数年着てました。

 

他にもたくさんあります。父の気に入ったGジャンを着させられていたこととか。高校生になってからも親の決めたJPressのジャケットとか。

 

反抗するのがこわくてね。

 

好きなことをしていた妹がうらやましかったです。彼女は私の濃紺のランドセル事件をつぶさに見ていたので、ぜったい赤じゃなきゃいやだと言って赤を買ってもらってましたし、高校受験で学校を決めるときにも親の言うなりにはならなかったし、就職してからすぐに家を出て会社の寮に入ってしまったし、私ができなかったことを次々やっていってましたね。

   

成績のよい素直な子

素直だといつも褒められていました。学校の先生にも。

 

それって裏を返せば大人にとって御しやすいってことですよね。ぜんぜん褒め言葉になってないのに、それを良しとしてたんですよ。

 

成績がよく、素行もよく、委員や係を率先してやる、ザ優等生。ずっとそんな感じできました。高校も。大学も。

 

愛されるには、良い子で、反抗せず、勉強を一生懸命やることだ、と思い込んでたんでしょう。

   

家から早く出たい

そりゃだんだんと窮屈になります。家から通えるけれど片道2時間の遠いところへ毎日大学に通うことになりました。バスがなくなるので、飲み会でも早めに出なければ帰れません。外泊なんてもってのほか。

 

4年の最後の卒業旅行。これはチャンスだと思いました。

 

私がヨーロッパの旅で知ったふたつのこと – ゆたかにすっきり暮らす 私がヨーロッパの旅で知ったふたつのこと – ゆたかにすっきり暮らす 

 

ここに詳しく書いてありますが、親から大反対されながらも敢行。親から離れ自分の生活をするっていうことがとても心地良かったです。

 

そして就職して2年。結婚して家を出ました。まあまあ早いほうで、これはやっぱり親から離れたい、家から出たい、という気持ちがあったことも否めません。

   

アラフォーの反抗

こどもがふたり生まれました。女の子です。上の子は成長が早くて早くて。そうしたら下の子の成長が遅くて遅くて。

 

初めてひとり立ちしたのが1才2ヶ月。ひとり歩きしたときは1才6ヶ月になっていました。

 

成長の遅い下の子を私はずっと心配し続けてきました。全てにおいてやはり遅く、学校の勉強もなかなかついていけない。遅いのにも関わらず海外に連れていき4年間を日本語と英語のなかで育ったことで日本に帰ってからも本人は苦労したに違いありません。

 

なかなか友達ともなじめず、いじめられたりもしました。学校に行って対策を相談したりしました。そして、そのことを実家で話していたとき、父が怒り出したんです。

 

なんでいじめられるんだ、いじめられる方も悪いって言い出したんです。

  私の中で何かがぷちんと切れました。怒りがこみ上げて私の思いをぶちまけました。そんなに私が激高したのは初めてで、父もびっくりしたと思います。そのときから孫について一切非難じみたことは言わなくなりました。なんでこんな年になってこんなことしてるんだろう、、と情けない限りでした。

   

アラフォーで反抗期にならないために

 

小さいころに、むき出しの感情を出せるようこどもを育ててあげてください。

 

いい子だから、反抗しないから良い、楽だと決めないでください。

 

成績関係なく、受験する高校,大学はこどもに決めさせるようにしてください。(これについては、私の希望とたまたま親の希望が合致。)

 

就職に口を出さないでください。

 

15才を過ぎたら、目は離さず、手を出す口を出す機会を減らしていってください。

   

自分の人生は自分だけのもの

 

特に最近思うのは、受験する学校を親が決めてはいけないなぁということです。妹は、親がすすめるワンランク上の学校を頑ななまでに受けず、自分の入りたい高校に合格しました。彼女はその15才の時点で自分の思いを貫けたことが大きかった、と言います。

 

失敗しようがなにしようが、自分で決めたことは誰のせいにもできません。決めたことを受け入れる。

 

でも、もし親が口を出しそれに逆らえずそのまま受験し、それがうまくいかなかった場合、親のせいにできます。ずっと言い続けられます。これはどっちにも不幸の極みです。

 

私は上の子の高校受験のとき、口を出しました。ワンランク上の高校も受かるだろう、と。でも、絶対変えなかった。入学した後、ちょっと後悔もしたそうです。上の高校に入れただろうし、入ったらまた違っただろう、、、と。

 

でも、自分で決めたことは受け入れていくしかないし、その選択は間違っていないと思います。彼女は今、大学の受験校を決めるにあたり、また同じように私が口出ししましたが、(言いたいことは言う)自分の気持ちを貫きました。

 

私は下の子が小さいころ、子育てに悩んでネットに正解を求めました。そこで得た唯一で確かなことは、「子育ては自分と親との関係が反映される」、ということでした。

 

親からされたことを自分のこどもにしようとしていることにも気づきました。

 

彼女の成長が遅いことで、私にそういうことを教えてくれ、自分と親との関係にも気づかせてくれました。自分がアダルトチルドレンだったとも気づきました。私は親の人生を生きているんだ、と感じました。何をしたわけでもないのに、何かが落ちました。

 

子育てに万人に効くような正解なんてあるわけない、と今ならわかります。たぶん、こどもひとりひとりの中に正解があります。そしてそれは焦らずじっと見ることで浮かびあがってくることもあるように思うのです。

 

私のようにアラフォーで反抗期になるのは、行きはよいよい帰りはこわい、の実践版です。こどもの頃に反抗できず、親に対してもんもんとした思いを持ってらっしゃる方は、自分の本当にしたいことをとことん見つめ直すことから始めたらどうでしょう。自分を知ることができ、親との関係を考えることができたら、きっとこどもへの連鎖も断ち切れるはず。

 

私たちが自分の人生を今生きているように、こどもたちもこれから自分の人生を生きていくのです。

   

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お越し下さり、ありがとうございました。

 

日本中で最低気温を観測しているようですね。今年はなんだか両極端で、落ち着かないまま立春を迎えそうです。  
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